常日頃、舞台に立っていて、
ふと自分の中の新しい感覚に気づくときがあります。
昨日今日と2日間演奏をする中で、舞台に上がる前、
ほとんど「緊張」をしていない自分に気が付きました。
そうは見えないとよく言われますが、恥ずかしい話、
僕は昔から結構「アガる」性質だったので、精神の緊張から、
体がこわばったりして、うまく演奏ができないことが時々ありました。
(もちろんライブハウスでの鑑賞に耐えうるレベルの話として。)
しかしなぜだか急にこの2日間、普通に家で弾いているときのような、
リラックスした感情で演奏することができるようになりました。
「自分は全く緊張しない。」という人に出会ったりしますが、
緊張という言葉を使えば、少しぐらい緊張しないと、責任感を失ったり、
無意識にお客さんに失礼をしたりする場合があるように思います。
限界点を高めに設定すれば、精神の安定につながるかと思い、
最近は、自分が今までやってきたレパートリーより、
少し難しめの曲を敢えてやるようにして、
舞台上での、全体的な技術の底上げを意識的に図っていましたので、
そのような試みが功を奏したとも言えなくはないのですが、
ごく親しい人に感想を聞けば、
ちょっと弾き方が変わったかなあという程度だということ、
結局独りよがりの「成長」になってはいけないと、
気を引き締めていく次第であります。
ふと自分の中の新しい感覚に気づくときがあります。
昨日今日と2日間演奏をする中で、舞台に上がる前、
ほとんど「緊張」をしていない自分に気が付きました。
そうは見えないとよく言われますが、恥ずかしい話、
僕は昔から結構「アガる」性質だったので、精神の緊張から、
体がこわばったりして、うまく演奏ができないことが時々ありました。
(もちろんライブハウスでの鑑賞に耐えうるレベルの話として。)
しかしなぜだか急にこの2日間、普通に家で弾いているときのような、
リラックスした感情で演奏することができるようになりました。
「自分は全く緊張しない。」という人に出会ったりしますが、
緊張という言葉を使えば、少しぐらい緊張しないと、責任感を失ったり、
無意識にお客さんに失礼をしたりする場合があるように思います。
限界点を高めに設定すれば、精神の安定につながるかと思い、
最近は、自分が今までやってきたレパートリーより、
少し難しめの曲を敢えてやるようにして、
舞台上での、全体的な技術の底上げを意識的に図っていましたので、
そのような試みが功を奏したとも言えなくはないのですが、
ごく親しい人に感想を聞けば、
ちょっと弾き方が変わったかなあという程度だということ、
結局独りよがりの「成長」になってはいけないと、
気を引き締めていく次第であります。
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