2013年3月16日土曜日

3/15 画竜点晴

木蓮の花が満開になりました。ゆきやなぎも満開。紅梅、白梅も満開で寄り添うように佇んでいました。

僕はどちらかというと、かたまって沢山の花が咲く植物が好きです。でも一輪の大きな花が好きという人もいます。


音楽のほうも、皆いろいろな聴き方をしているようです。

よく出会うのが、「歌」しか聴いていない、という人。流行り歌にしか興味のない人には特にそういう方が多いようです。

中にはライブに来て生の演奏を聴いて、初めて楽器の音の魅力に気付いた、と言ってくださる方もいます。それはミュージシャン冥利に尽きることです。

逆にサウンドのみが重要で「歌詞」をまったく聴いていないと言う人もいました。

前に、知り合いのサックス吹きの人と音楽の話になり、最近こんなの聴いてるんだよ、とCDを紹介すると、サックスソロはあるか?と質問されました。

僕はCDを買ったりする時に、特定の楽器のソロが入っているかどうかで選んだことがなかったので、それは少々面食らう質問でした。

いや、どうだったかなあと思って後で聴き返すと、実際、サックスは入っていたけれど、そのソロパートはなかったのです。

あの曲にでてくるサックスソロかっこいいなあ、と思って聴くことはありますが。

とてもいいなと思う曲があって、友人に聴かせたところ、聴き終わって一言、あの楽器のあそこのとこのピッチがちょっとはずれてるねえ、ということでした。

え!?それだけ?歌詞とか、メロディとか、雰囲気とかに関するコメントは一切なし?

確かに、画竜点晴という言葉もあるとおり、ほんの一箇所至らないだけで全体が崩れてしまうということもあります。その人には、その一部分が大切だったのかもしれません。

僕はわりと細かい事を気にしない性質で、全体を一つのかたまりとして聴いてしまう事が多いです。なので音楽を分解して、細かい部分的な事を取り沙汰するのはあまり得意ではありません。

まあ生活においてもそうなのですが。

一つの物事を、いろいろな方向からとらえる人がいてこそ、音楽の手法も発達してきたのだなあと思います。

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