2013年9月18日水曜日

9/18 目的

YOUTUBEの「おすすめ動画」というところに、高校の運動部顧問の体罰の映像というのが上がっていました。

嫌なニュースだなあと思いながら校名を見ると、なんと自分の母校ではありませんか。


まるで見聞きするに堪えない暴力の映像だったのでありますが、そこに映っていたのは在学中僕も教わっていた先生だったのです。

確かに強面ではあったけど僕も仲よく話をしたし、時には優しい声も掛けてくれて、普通の授業や日常ではそんなことをする人ではなかった。

よくニュースでも検証されているように、部活動という特殊な環境は、常軌を逸した感覚を呼び起こしてしまうのかもしれないし、強豪校の顧問の苦労も分からないではありません。

ニュース記事などを見ると、学校側にも発覚し、一応解決を見ているようです。


僕も子どもの頃、先生や大人にぶったたかれて反省した事もあったし、「どんな時でも」、「何があっても」、絶対に手を出してはいけないと決まりを作ってしまうのも、どうだろうなと思います。

直接的に体と体をぶつけることも、きちんとした責任や信頼の下で行われるのであれば、一つのコミュニケーションの形として良い面も悪い面も表裏一体だと思うからです。

しかし、いわゆる体罰や叱咤と、非道な暴力・暴言は明らかに違います。

相手の言動を直したいがあまりつい手が出てしまった、という事と、恐怖におびえ立場上何もできずにいるものを執拗に殴りつける事を、同じ土俵では議論できない。お父さんのビンタと、やくざの暴力が同じ裁判にかけられているようなものです。


暴力先生も自分のスポーツを愛している…、かどうかはわからないが、僕は僕で音楽というものを心から愛している。

バンドを組めば、県大会優勝なんていうつまらない目標ではなく、世界中の人の心をひとり残らず癒しつくして、もう悪い事はしません、と言わしめるような音楽が作りたいとさえ思う。

どんなに高い目標を掲げたからといって、練習が少なかったり本番でミストーンを出したりする仲間がいても、バンドの士気が高まらなくっても、それに罵声を浴びせたり、何発もぶん殴ったりしませんよ。

暴力や理不尽と常に対峙していくのが音楽なのだから。

暴力先生、体育の授業中に整体について教えてくれた時、僕の脚の長さが左右違うと言って授業そっちのけで一生懸命治そうとしてくれたじゃありませんか。

スポーツだって本当の目的はそこにあると思いませんか。

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