法事があり、親戚一同集まるので、
2日間、久々に実家に帰ってきました。
そこでいろいろ考えたことには…、
僕は一瞬の限定的状況を除いては、
自分の音楽に才能を感じたことなど、
これっぽっちもありません。
では、なぜ商売にするのか?と問われれば、
これ(自分なりに)人生の艱難辛苦を含んだ、
複雑な決断でありましたので、今は省きます。
何かの天才といわれる人たちは、
3歳とか5歳とか、そのくらいの歳からある道に入り、
血のにじむような訓練をしてきたわけです。
しかしよく考えてみれば、
自分にもひとつだけ「英才教育を受けた。」
と、はばからずに断言できるものがあります。
それは、「サウナ」であります。
今少し、失笑が聞こえたような気がしないでもありませんが…。
僕は幼稚園のころから父につれられて、
「サウナ」に通っていました。
サウナの天才は、
3歳のころから、サウナ道に入り、
文字通り、汗をにじませてきたわけです。
今ではフィンランドにいつか行って、
本場のサウナに入りたいというひそかな夢を持っています。
実家に帰った時には、まるで儀式のように、
家族でサウナに入りに行く、という慣わしになっています。
ではなぜ、サウナを商売にしないのかと問われれば、
これまた人生の艱難辛苦を含んだ複雑な決断になりそうですので、
とりあえず遠慮している次第です(笑)
そういえば僕は、大浴場で耳をふさいだり開けたりすると、
まわりの音の耳への入り方が変わって、
シュワーシュワーと聞こえるのが子供のころから好きだったのですが、
それって天然のフランジャーサウンドではなかったか?
1 コメント:
オレがめちゃくちゃ大好きなフィンランドの作家アレクシス・キヴィの「七人兄弟」という作品にサウナが出て来るんだ。
なんかの葉っぱで身体を叩きながら入るんだよね。
マルケンが「才能無い」なんていうとまわりのみんなが困るぞf^_^;。
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